一見違う道も、同じ方向へ
私と夫は、食べ物の好みがかなり違います。
夫は、サーモンやブリのような脂ののった魚が好き。
私は、淡白な白身魚や貝類が大好き♡
昔は、自分がおいしいと思うものを一緒に食べて、
「おいしいね」と言い合うことが、幸せな時間だと思っていました。
夫も自分の好きなものを喜んで食べると思ってた!
でも、あるとき気づきました。
夫は、私が好きなものが美味しいと感じていないことを。
だったら、無理に同じものを食べなくてもいい。
夫は夫の好きなものを食べる。
私は私の好きなものを食べる。
それでいい。
同じものを好きじゃなくても、
一緒に食卓を囲むことはできる。
そんなふうに思えるようになりました。
そして今月、もう一つ同じようなことを感じました。
私と夫は、同じ試験を受けました。
目指しているゴールは同じです。
試験に合格すること。日々の技術を向上させること。
でも、そこへ向かう勉強の仕方は、まったく違いました。
夫は、試験の全体像をまずはつかんで、
最後に細かなところを調整していくタイプ。
私は、全体像を掴むことが苦手です。
細かな疑問を一つずつクリアにしていく。
そうやって、自分の中で少しずつ確かにしていくタイプのようです。
お互いの勉強の様子を見ていると、
「そんなやり方で大丈夫なの?」
と、ハラハラすることがあります。
でも、今まで一緒に過ごしてきた時間や、
お互いのやり方を見てきた経験があるから、
「あ、この人はこれで大丈夫なんだ」
と思えるようになりました。
相手には相手のやり方がある。
そして、そのやり方でちゃんと前に進んでいくことを、
私はもう知っている。
だから、必要以上に口を出さなくなりました。
相手のやり方を否定しない。
邪魔もしない。
それは、ただ「違いを認めましょう」ということではなくて、
「あなたはあなたのやり方で大丈夫」
と、お互いに思えるようになったことなのかもしれません。
そして、最近もう一つ感じていることがあります。
私たち夫婦は、イノチグラスを使い始めてから、
お互いの価値観や感じ方の違いに、以前より気づけるようになりました。
「私はこう感じるけど、この人は違うんだな。」
そんなことを、少しずつ受け留められるようになった気がします。
相手を自分の基準に合わせようとするのではなく、
「この人は、こう感じるんだ。」
と、一歩引いて見ることができる。
そして、それができるようになると、
不思議と相手に対しても、少し優しくなれる。
もちろん、イノチグラスを使ったから、
すべてが変わったということではありません。
長い時間を一緒に過ごしてきたことや、
いろいろな経験を重ねてきたこともあると思います。
でも私たちの場合、
イノチグラスを使うようになってから、
「自分の感覚を大切にしていい」
ということを、以前より強く感じるようになりました。
自分の感覚を大切にできるようになると、
人の感覚も大切にできるようになる。
私は、そんなふうにも感じています。
イノチグラスを作るときに、
測定で大切にしているのも、
その人自身がどう感じているのか。
何が心地よくて、
何が違和感なのか。
その人の中にある感覚を、一緒に探していく。
自分の感覚に気づいて、
「私はこれが心地よい」と感じること。
それは、自分に優しくなることにつながるのかもしれません。
そして、自分に優しくなれると、
人の違いにも少し優しくなれる。
「私はコレ!あなたはソレなんだね。」
そんなふうに、お互いの違いをそのまま置いておける。
同じものを好きになる必要はない。
同じやり方をする必要もない。
同じ見え方である必要もない。
違う道を歩いていても、
同じ方向を向くことはできる。
私たちが、
食卓で、勉強で、そしてイノチグラスを通して感じていること。
それは、違うことは、離れることではない。
むしろ、お互いの違いを知ることで、
もっと近くにいられることもある。
私は、そんなイノチグラス 作りをしたいと感じています。


